2016-2017 Cyclocross season

シクロクロス東京から2週間が経とうとしている、シクロクロス東京で僕の2016-2017シクロクロスシーズンは終了だった。今シーズンを振り返ってというお題でブログを書く。節目節目は大切に。
まず、2015-2016シーズンでは右脚のハムストリングの肉離れ、右手の指ほぼ全関節の骨挫傷及び靭帯損傷。2016-2017シーズンに迎えるにあたって怪我の治療とカラダの強化が必要だった。2016年の夏はマウンテンバイクに参戦させてもらいながら、手の怪我の完治とハムストリングの強化、カラダ各部位の根本的な部分から作り直した。その際にSPEDSジムへは上半身のメニューで週2日、下半身のメニューでも週2日、1週間で4回もお邪魔させてもらっていた、そのおかげでシーズンを迎えるにあたって不安はなかった。
しかし、右手だけはもう治りきらず、毎レーステーピングでガチガチに固め、関節部の振動を抑えてあげる必要があった。去年の怪我後に比べそんな不自由は、手が動き使えるだけマシ。
2016-2017シクロクロスシーズンは10月2日のスーパープレステージGietsenからシーズンイン。今シーズンはスーパープレステージシリーズ戦と全戦契約。ゼッケンに日の丸とYuTakenouchiの文字があり、勘違いはしてはいけない、けど、自信にはしていこうと強く思った。Gietsenは渡欧後すぐのレースで、カラダに無理をかけない程度に走り、まぁ45分ほどでレースを切られたと思う。
その後、週一以上のペースで10月はレースをこなしていく。バイクポジション等も各レース実戦で試行錯誤し、東洋フレームのハイブリッドフレームになってから3年目、初めてこのフレームを扱えているという感覚を得ていた。
Gietsen後のMeulebeke C2でマチューがいる中、フルラップのリザルトを残す。
渡欧後4戦目のスーパープレステージZonhovenではレースを切られたけど、52分間レースができた。マイナス3周だったけど、感覚としては悪くない。世界とのトップの差は広がっているとも感じたけど、自分の進む方向は合っているとも感じた走りができた。自信がつく。このコースで去年までは40分前半くらいしか走れなかったしね。
6戦目のワールドカップValkenburgでもレースを切られたが50分ちょっとはレースを出来ていたし、パックを形成する選手が去年より少し前の選手と走れていた。悪くない。
その2日後のオランダのナイトレース、Nacht van Woerden C2では過去最高のリザルトを残し、世界の2トップ、マチューとウォウトがいないにしても、走りもよく、自信がついた。もちろんフルラップの20位、優勝したLarsまで3分半。いい感じ。
そしてナイトレースから1週間後、渡欧後8戦目、コッペンベルグクロス C1。ウォウトから7分遅れの27位。ギリギリでフルラップ。高速化しているレースでコッペンベルグを駆け下りる、カンチブレーキで制動力足りないし下ハン握って下り、また一気に登る。それの繰り返し。ゴール後、全身の力が抜け、寒気がカラダを襲う。やばいやばい。カラダが疲労しきっていたのだと思う。そして、去年はこのレース後にトレーニングを無理して肉離れを起こした。やはり、このレースはカラダへの負荷が想像をもう一歩先をいっていくのだとおもう。今年は気をつけていたけど、レース2日後のロングトレーニング中に左脚に違和感。内心、マジで??。。同じ失敗は避けたい。過去に怪我をしていた部位なだけに、不安が募った。
9戦目、スーパープレステージRuddervoorde。どうにもこうにも力が入らない。それでも、50分ちょいはレースをする。
10戦目、スーパープレステージGavere。このレースまでのトレーニング中に左脚のバランス、疲労がとてつもなく、トレーニングを休みがちに。レースは散々で40分で終える。クタクタ、とにかくクタクタ。11戦目、ワールドカップコクサイデ。十分に疲労を取るように意識、それでもカラダは本調子にはならなかったけど、レース当日はすごい集中していて、ランジットも今日の悠は走れると感じてくれていた。僕も同じだった。だけど、レースは強風のため中止。その瞬間、全身の力が抜け、無気力になった。翌日、帰国予定だったので帰国の準備を進めるが例年に比べてカラダが重く準備が進まなかった。ポテトチップスとビールで気を紛らわしたけど、内臓疲労で何を食べても胃が痛く、頭も回らず、気を紛らわしても、帰国準備をしないことには帰れないわけで。なんとか準備をして帰国。
帰国後の一番の宿題はディスクブレーキバイク投入予定だったので、それを乗り、結果を出すこと。全日本選手権のタイトルをもう一度得ること。皆さんはそんなタイミングでとお思いになられるかと思うけど、シーズン前半で明らかにカンチブレーキは時代遅れのものになっていると感じた。シーズン後半の12月からはディスクブレーキが必ず必要だと東洋フレームへ伝え、予々進めていたディスクブレーキ仕様シクロクロスバイクの完成を急いでもらった。
帰国後翌日にはバイクの組み替えに立ち会い、2日目にディスクバイクをシェイクダウン。3日目は野辺山へ移動。4日目、レース。野辺山C2 Day1。やはり免疫が下がっていたのか、低体温症になり、結果は散々。低体温症になる前からも走りはキレがなく、ボロボロ。チーム東洋フレームとして、日本で支えてくれる各スタッフ、各スポンサー様に対して、海外で走り、日本でも結果を出せないことに申し訳なかった。Day2。主催者様には大変申し訳なかったけど、2周目でレースを降りた。カラダが言うことをきかない。その後1週間、頭を切り替え、トレーニングに励む。でもこの時にディスクブレーキだからという頭の考え、過去の走り、今年の走りの一部分にもとらわれ、どこのレベルの走りを目指していたのか。そこを見失っていた。
全日本選手権1週間前の関西クロス。調子良いながらもどこか走れてない。
全日本選手権。ぼろ負け。4位。全日本タイトル失う。ベルギーへ帰国するもビザの問題で入国できず、とりあえず日本へトンボ帰り。ベルギー再入国へ向けて、各関係機関へ協力をお願いする。その間、世界選手権だけはでれるかもしれなかったので、とりあえずトレーニングを続ける。コッペンベルグ後に少し傷めた左脚の強化も始める。ヨーロッパのレースと契約していたのにヨーロッパへ渡れずレースが出れなかったのでヨーロッパの主催者のみなさんに対し、申し訳なく、日本の各レースへは出る気にはなれなかった。
世界選手権2週間前、世界選手権へ向けたカラダづくりのため関西シクロクロスへ参加。この時にやはりディスクブレーキバイクだからという考えを払拭しないといけないと思った。世界選手権へは出れず。ナショナルチームが心配で、現地スタッフとも連絡を密にし、僕がいないことでチーム全体に迷惑がかからないようにはさせてもらった。
関西シクロクロス桂川大会に参加。いまいちな走り。
シクロクロス東京へ向けてトレーニングをするも、正直やる気起こらず。やることはしていたけど、今度はランのトレーニング中に右足アキレス腱を損傷。シクロクロス東京レース前日に痛みが増し、階段も右足は蹴ってあがれない。右足はぴょこぴょことヒヨコ歩き。カワイイからいいか。っていやいや、こりゃどうしたものかと大慌て。とりあえず痛み止め飲んで。ペダリング時はオーケー。ランはレースになればどうにかなるでしょ。そして、レース前日はビールを嗜み、気分を上げて誤魔化し、レッツゴー。スタートから決まってレースは滞りなく進み、まぁ丸く収めてレース終わり。シーズン終了。レース翌日、右足のアキレス腱、パンパンに腫れる。ギシギシ。。。断裂してないし良かったけど、そりゃそうなるよね。2週間のオフシーズン。スノーボードに行ったり、あっちやこっちや行きたかったのに、脚が痛くて歩けないので寝たきり。引きこもり。笑でも、そろそろ人間らしく気を遣わずに二足歩行で歩けるようになったけど、既にオフは終わりかけ。ま、常に闘い。休みなんて生ぬるいこと期待した自分が悪い。ってことで。シーズンを終え、やはり11月が鬼門。疲労が溜まり出し、勢いだけではどうにもいかない。結果が出る時、それは同時にカラダへの負荷が想像より大きいこと。摂取するタンパク質量、内臓を含めたカラダへのケア、そして、トレーニング量の正確な見極めと休息日のとり方。調子に乗ってたというより、まぁやらなきゃいけないならやるっていう考えが先行し過ぎた。何を目指しているのか。それだけ。目先の事象に惑わされすぎる。何回頭打てばいいのか。しゃきっとしなければ。終わってみれば、今年はここ数年で一番成功したシーズンだったと思う。悪くはなかった。
ランジットファミリーとYuTakenouchiサポーターズクラブのみんな。自分の中で葛藤があったけど、来季もこれまで通り、ベルギーを拠点としたヨーロッパでのレース活動を続けようと思った。目先に囚われると今までやってきたことに意味がなくなる。もっと活動を意味あるものにしていく。いくらカラダがボロボロになっても、やっていく。それぞれのステップを見据えて、これまで通りやる。
ランジットのトラック。YuTakenouchiの活動に賛同をしてくれるベルギーの各スポンサー様にトラックの維持管理費、ガソリン代など、トラックの運営維持管理費をお世話になっている、それらはランジットファミリーがコーディネートしてくれている。ベルギーではあたたかいファンに包んでもらい、世界レベルで物事を進めれる第一線に拠点を置け、日本ではそれを支え、共に闘ってくれるチームがある。やるしかないでしょ。来季もよろしくです。では。
チーム 東洋フレーム 東京シクロクロス後
チーム 東洋フレーム 全日本選手権後

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